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参拝時の正しい心構えは「感謝」と「お礼」


正月の初詣は日本の伝統。
今年1年の幸せを祈願するものです。
参拝者は、神様に思い思いのお願いをします。

商売繁盛家内安全学業成就、などなど

お願いは、心の中に留めておくものだから、中には野心的なお願いをしている人も多いと思います。それはそれでいいでしょう。

最後の神頼み」という言葉にもある通り、努力し尽くした後は、神に天命を任せるという考え方も、僕は間違っていないと思う。
間違っているのは、「努力する前の神頼み
これは、完全に間違っていますね。
頑張っていない人を神様が救うとは考えられません。

一方で、この時期になると、目前に迫ったセンター試験を通過しようと頑張っている学生達が、太宰府天満宮など学問の神様にお参りするシーンをよく見ますが、これは議論が分かれるところです。

初詣に行く暇があったら勉強すべき」という考え方と、
努力し尽くしたのだから最後の神頼みに行く」という考え方。

非常に難しいですね。どちらも一理ある。
でも、僕個人としては、後者の考え方を応援したい。

努力し尽くしたのだから、今更バタバタしてもしょうがない。
本番当日に向けて、気持ちに余裕を持って、リフレッシュがてら初詣に行こう。

ぐらいの気持ちが爽やかですね。

でも、学業成就で有名だからといって、遠方の神社に、何時間もかけて初詣に行くのは、それは無駄というもの。
完全に「神様に頼み過ぎレベル」でしょう。
僕は近くの神社にお参りに行くのが良いと思います。

こういうと、「近くの神社は学業成就の神ではない!」と反論されてしまいます。
では、なぜ近所の神社にお参りすべきか?
僕は、バリ島のアニキの言葉を借りて、多少の拡大解釈を基に次の結論に達しました。

神様は人の心にあり

僕が尊敬するバリ島に住む日本人大富豪である丸尾孝俊さん(通称アニキ
アニキ曰く
「先祖代々、日本人の心の中にはな、神様おるねんて。神様はな、人の心の中に宿るもんなんや。『相手を自分ごとのように大切に思う心』こそが『神様』やろ。日本人はな、そういう良心を持った、やさしい民族のはずやねんて」なのだそうです。
(大富豪アニキの教えより引用)

この考え方は本当に素晴らしいと思う。
神様なんかいないよ!」っていう人の心には、神様はいるはずもないし、
神様いつもありがとうございます!」っていう想いを持っている人の心には、きっと神様が宿っていると思います。
僕は、偏った非現実主義者ではないけど、こう考えるのって爽やかですよね。

だから、初詣で神様にお願いにいく事は、実は自分の心の中の神様に改めて会いにいく事なんじゃないかなと思います。そして、自分の心の中の神様には「お願い」をするのではなく、「感謝」と「お礼」の意を表すだけで十分なのだと思います。

幸せに暮らさせていただいて、いつもありがとうございます。

もう、これだけで十分。
むしろ、少しの賽銭で(少しじゃない人もいると思いますが、)お願いを聞いてもらおうなんぞ、厚かましいにもほどがある。

感謝とお礼

初詣のキーワードはこれですね。
ということで、今から百舌鳥神社にお参りです。

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